弱い重力レンズ効果を用いた宇宙論

弱重力レンズ効果は、近傍の天体がもつ重力により背景銀河からの光が曲げられた結果、背景銀河の形や大きさ、光量が微小に変化する効果であり、暗黒物質や暗黒エネルギーの性質を探ることができる強力な観測量です。弱重力レンズ効果は、暗黒物質を含む全ての物質の質量に感度を持つので、銀河や銀河団(銀河の集団。銀河団のページも参照)内の暗黒物質分布を調べることができます。また、弱重力レンズ効果を用いて、宇宙の構造形成の時間変化を統計的に調べる事によって、最近の宇宙の構造形成率に影響を与える暗黒エネルギーの性質を調べることができます。さらに、弱重力レンズ効果は、修正重力理論(注1)に制限を付けたり、アインシュタインの一般相対論の検証を宇宙論的スケールで行うことができます。HSCの弱重力レンズ効果ワーキンググループは、以上のことを調べるために、弱重力レンズ効果の包括的な研究を行います。

なぜHSCか?

HSCサーベイが始まる以前は、赤方偏移z~0.5より遠くの宇宙を調べることができる弱重力レンズサーベイは、170平方度の空の面積をiバンド限界等級25等で観測したCFHTLenSだけでした。HSCサーベイは、CFHTLenSより1等深く、10倍の面積を撮像観測します。HSCの大きな特徴は、その素晴らしい画像品質です。弱重力レンズ効果の解析には、シーイングが半値全幅0.7秒(注2)より良い時に撮像されたiバンドの画像を用います。これにより、1平方分あたり30個という高い銀河密度を用いた、高精度弱重力レンズ効果の測定が可能になります。HSCは現行の弱重力レンズサーベイの中で最も深いサーベイです。

HSCにおける弱重力レンズ効果のサイエンス

宇宙論的弱重力レンズ効果のトモグラフィー、つまり宇宙をいくつかの赤方偏移で区切った(要するに宇宙を時代ごとに分けた)スライス内における銀河形状の自己相関関数は、宇宙の構造形成率を測定し、宇宙論に制限を付けるための最も優れた手法の一つです。左下図は3つの赤方偏移スライスにおいて期待される、宇宙論的弱重力レンズ効果の信号を示します。HSCでは、多重極で2000までの信号を用いれば、合計の信号雑音比140という高精度測定を行うことができます。サーベイ面積は大きいが深度が浅いDark Energy Survey(DES)と比べると、HSCは高赤方偏移領域でより大きい信号雑音比を達成することができ、より高い赤方偏移における暗黒エネルギーの状態方程式を調べることができます(右下図)。

HSCサーベイの観測領域は、SDSS-III BOSS分光サーベイの観測領域と完全に重なっています。この分光銀河サンプルの弱重力レンズ信号と銀河のクラスタリング信号の振幅を組み合わせたものは、宇宙論パラメータを制限するためのもう一つの手段です。この測定と宇宙論的弱重力レンズ効果の測定を組み合わせることにより、系統誤差を押さえ込みながら、宇宙論への制限を最大化します。

また、銀河や銀河団による弱重力レンズ効果を用いることにより、銀河・銀河団の星成分と暗黒物質の関係について調べます。このような銀河の研究はSDSSや, COSMOS, CFHTLenSなどの過去のサーベイに基づいた知見、銀河団の研究はこれらのサーベイとすばるSuprime-Camに基づいた知見を更に発展させることができます。また、ACTPolサーベイと組み合わせることにより、スニヤエフ・ゼルドビッチ効果を通して銀河団の性質をより徹底的に調べることができます。銀河団のページも参照してください。

銀河形状の測定、系統誤差のテスト、および測光的赤方偏移

銀河の形状測定には、現時点ではre-Gaussianizationと呼ばれる手法を用いています。これは点拡がり関数の非ガウス成分を摂動論的に扱うことで、銀河像のモーメントを測る手法です(詳細はHirata & Seljak 2003を参照)。この手法は、SDSSにおける銀河の形状測定に使われたため、系統誤差はすでによく調べられています。HSCでは、より最近の手法(ERA; Okura & Futamase, 2014, BFD, Bernstein & Armstrong, 2014)を現在実装中です。点拡がり関数のモデル誤差、形状測定における系統誤差、選択効果などの見積り及びコントロールのために様々な系統誤差のテストを行います。このテストの自動化のためのソフトウェア・パイプライン(Stile及びfake object pipeline)を開発しています。また、HSC測光的赤方偏移ワーキンググループと連携し、背景銀河の赤方偏移の見積りの系統誤差などについて理解を進めていきます。

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