測光的赤方偏移

測光的赤方偏移

宇宙構造の成長とダークエネルギーの性質を理解するためには、何億個もの銀河が過去数十億年にわたりどのように進化してきたかを、今日の天文学者は調べる必要があります。 そのためにはこれら銀河が空のどこに位置するかを調べるだけでは足りず、それぞれの銀河までの物理的な距離を測らなくてはいけません。 それも非常に高精度にです。 それぞれの銀河までの距離を測るには、その銀河の赤方偏移 (redshift, “z”) を知ることが必要です。 銀河を発した光の波長は、宇宙の膨張によって引き延ばされます。 赤方偏移はその引き延ばされかたを測る量です。 赤方偏移はたいていの場合、分光観測により求められます。 分光とは、波長ごとの光の強さを連続的な関数 (スペクトルといいます) として観測するものです。 スペクトルの中から特定の原子輝線または吸収線を探せば、その観測上の波長と地球上で測られた同等の輝線の波長とを比べることで、赤方偏移がわかるのです。

分光的赤方偏移 (「分光によって測られた赤方偏移」ほどの意味です。英語では spectroscopic redshift, “spec-z”) は極めて正確なのですが、良いスペクトルを得るにはお金も時間もかかります。 その代わりに HSC のような広域観測では測光から赤方偏移を推定します。 測光とは天体の明るさ (等級) を測ることをいいます。 様々なフィルターを使って銀河の画像を撮り、それらから得た天体の明るさの組 (天体の「色」といいます) をスペクトルの代用とします。 この方法で何十億個という銀河のデータを得ることができます。 これら複数色の撮像データから導出された「測光的赤方偏移」(photometric redshift, “photo-z”) を頼りに、膨大な数の銀河を使う研究を天文学者たちは行うことができるのです。 まだ全く謎のままであるダークマターやダークエネルギー、この宇宙の構造成長をよりよく理解するために、HSC の膨大な銀河サンプルに対して素早く正確な photo-z を導出することは極めて重要なのです。

手法

photo-z を導出するには主に 3 つのアプローチがあります。テンプレート・フィッティング法は、複数の銀河モデル (「テンプレート」) と観測値と比較します。機械学習法は、既存の「教師データ」に含まれる天体の、色と赤方偏移との間にある複雑な関係を単純なアルゴリズムを用いてモデル化します。そして、空間的クラスタリング法は、大規模空間構造にある相関関係を利用します。HSC ではこの 3 つの方法すべてを頼りにして、高品質の photo-z を計算しています。

現在のところ以下の 6 つの手法が利用できます。これらはお互いに相補的になっています。

1. DEmP (多項式近似にもとづく機械学習)
DEmP は 経験的な photo-z 測定法です。真の赤方偏移がわかっている教師データを用い、等級の関数として赤方偏移を表現する多項式を導きます。教師データを 15 次元空間 (5 等級 + 10 色) の小さな区分に分割して最良の多項式を探します。ブートストラップ法とモンテカルロ法を用いていくつかの実現値を生成し、一つずつの天体に対して赤方偏移の確率分布関数 (PDF) を得ます。 詳細は Hsieh & Yee (2014), ApJ, 792, 102 をご覧ください。

2. NNPZ (近傍法を用いた機械学習)
DEmPと似たように多色空間を教師データで埋め尽くし、実際の天体の色の近くにいる教師データを検索することで、その赤方偏移を推定します。

3. MIZUKI (ベイズ統計を用いたテンプレート・フィッティング)
MIZUKI は photo-z と、関連する星形成率、星質量、塵による減光などの物理量を出力します。 伝統的なテンプレート・フィッティングですが、物理量に対するベイズ事前確率を導入することで、銀河の物理的性質を現実的な範囲にとどめつつスペクトルモデルをフィットできるようになりました。 準恒星状天体 (クエーサー) に対する photo-z も利用可能です。 詳細は Tanaka (2015) ApJ, 801, 20 をご覧ください。

4. MLZ (セルフオーガナイジングマップによる機械学習)

機械学習のアルゴリズムの一つに教師なしのクラスタリング解析があります。それは似たような性質(この場合色や等級)を持つ銀河は近くに、異なる銀河は離れるように群れ具合を定量化する方法で、これを応用して似たような色をした銀河は似たような赤方偏移にいる、というリーズナブルな仮定から赤方偏移を推定します。

5. Ephor (ニューラルネットによる機械学習)

近年発展の著しいニューラルネットによる機械学習コードです。ニューラルネットは脳の神経細胞の情報伝達をモデル化したもので、近年の画像認識にも非常によく応用されています。このアルゴリズムの発展の恩恵をフルに活用し、非常に高精度の測光的赤方偏移を求めることができます。

6. クラスタリング photo-z
銀河の空間的な相関関係が、赤方偏移についての独立な情報を提供してくれます。これは銀河の位置情報のみを使う手法です。 まず、測光された (明るさを測られた) が赤方偏移のわからない銀河と、分光済み銀河との角度相関をとります。 分光と異なる赤方偏移にある銀河は相関を示さないので、spec-z のわかっている銀河サンプルを狭い赤方偏移範囲に選べば、相関の強さとその赤方偏移範囲に入っている測光銀河の数に比例します。 spec-z サンプルの赤方偏移範囲をずらしながらこの作業を反復すれば、測光されたサンプルの赤方偏移分布が得られます。
参考文献: Newman (2008) ApJ 684, 88Menard et. al (2013) arXiv:1303.4722, Rahman et. al (2015) MNRAS 447. 3500

重複領域の分光サンプル

HSC 観測領域は公開されている様々な分光観測領域と重なっています。加えて、HSC は COSMOS フィールド (撮像・分光データが大量にある有名な天域) を観測しています。 紫外線から赤外線まで 30 を超えるフィルターで観測された測光データから導出された高品質の photo-z がこのフィールドにはあります。これらすべてのサンプルを用いて私たちの photo-z 手法の正確性を較正しテストしています。 すべての重なり合う分光観測、特に COSMOS フィールドの spec-z の分布を以下に示します。

survey sky coverage [deg2 ] galaxy number depth redshift RA
VVDS Wide 12 35,000 I<22.5 0.3-0.9 02h30m, 10h, 14h, 22h30m
VVDS Deep 0.61 5,000 I<24.0 0.0-4.0 02h30m
VVDS U-Deep 0.14 500 I<24.8 0.0-4.0 02h30m
PRIMUS 9.1 120,000 I<23 0.2-0.9 02h20m, 10h, 14h, 00h36m, 02h30m, 23h30m
zCOSMOS (bright) 1.7 12,000 I<22.5 0.2-1.0 10h00m
GAMA 250 280,000 r<19.4 0.1-0.3 09h, 12h, 15h
SDSS (main) 8,000 800,000 r<17.8 0.0-0.3
AEGIS 0.5 16,600 R<24.1 0.0-1.4 14h20m
SDSS (LRG) 8,000 90,000 r<19.5 0.2-0.45
SDSS (QSO) 8,000 110,000 i<20 0.4-2.2
BOSS (LRG) 10,000 1,500,000 I<20 0.45-0.65
BOSS (QSO) 10,000 160,000 g<22 2.1-2.7
HectMAP1 50 60,000 R<20.5 0.2-0.5 13h-17h
HectMAP2 33 60,000 R<24.1 0.3-0.8 13h-17h
DEEP2 2.8 38,000 R<24.1 0.3-1.0 02h30m, 14h20m, 16h50m, 23h30m
WiggleZ 1,000 240,000 20<r<22.5 0.3-0.8
zCOSMOS (faint)
VIPPERS 24 100,000 I<22.5 0.5-0.9 02h, 22h

現状

例として S16A データリリース (非公開の内部リリース) での EPHOR の性能を示しました。 データが公開されればその他の photo-z カタログも利用可能となります。 HSC 広域観測領域の目標深度とだいたい同じにした COSMOS 領域で広帯域フィルター 5 を用いて photo-z を行った場合、バイアスはとても小さく分散は数%です。見当外れの答えになる割合が ~20% (コードによる) です。

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