観測装置

Hyper Suprime-Cam
(ハイパーシュプリームカム)

Hyper Suprime-Cam (HSC) は主鏡口径8.2mのすばる望遠鏡に取り付けられた画素数8億7千万という巨大CCD(注1)カメラです。新たに作られた広視野補正レンズによって、視野直径1.5度(面積で1.8平方度)という8m級望遠鏡の中では圧倒的な広視野の観測が可能になり、その焦点面には800万画素CCDが116個取り付けられ、-100℃に冷却されて観測に使われています。

HSCは2012年夏に初観測を迎え、すばる望遠鏡のメイン装置として研究者に使われています。HSCプロジェクトは科研費、台湾中央学院、プリンストン大学、カブリIPMU、国立天文台の支援によって製作されました。HSCの詳細についてはすばる望遠鏡の公式ページも参照してください。

注1) CCD は Charge Coupled Device の略で、シリコンの結晶を用いて光を電気信号に置き換えることができる撮像素子です。

HSCの断面図

スタンバイのHSC

取り付け前の広視野補正光学系

広視野補正光学系

広視野補正光学系は5枚のレンズと大気分散補正機構(地球の大気もレンズで、それを補正するもの)で構成されています。第一レンズは有効口径820mmという大きさであり、さらに各レンズの片面は非球面でできている、大変製作の難しい光学系なのですが、数ppmという均質性のよい硝材(オハラ、コーニング製)とキヤノンによる超精密加工のおかげで、HSCの広い焦点面(直径498mm)に渡って良好な結像性能を得ることができています。また、大気分散補正機構は仰角30-90度に渡って大気分散によって生ずる星像の伸びを補正します。これらのレンズ・大気分散補正機構を保持するレンズ鏡筒は京セラ製のコージライトという低熱膨張の軽量セラミックスで作られていて、望遠鏡の姿勢に依らずアライメントの狂いがないようにレンズを保持しています。組み立てられた広視野補正光学系は直径970mm、高さ1.7mもの大きさになります。

主焦点ユニット

すばる望遠鏡のような大型望遠鏡では望遠鏡の姿勢が変化するに従って、重力変形によって広視野補正光学系とCCDデュワーの軸が望遠鏡光軸とずれてしまいます。また、すばるのような経緯台式望遠鏡では追尾に従って視野の回転が生じます。これらを補正していくのが主焦点ユニットの主な役割になります。補正のために6本の高推力精密動作アクチュエーターとクロスローラーベアリングが備わっていて、並進1ミクロン、回転1ミリ秒角の精度で制御を行っています。広視野補正光学系によって生み出される良質な像を損なわないためにも、このような精密制御は必要不可欠で、大型機械の精密制御に実績のある三菱電機が製作を担当しました。

Prime Focus Unit before assembly
取り付け前の主焦点ユニット

CCDデュワー

・CCDと読み出し回路
HSCは浜松ホトニクスと国立天文台共同開発による完全空乏型CCD(2048×4096ピクセル)を採用しています。1画素は15ミクロン角で、これは空を見た時に0.17秒角に相当します。近接配置可能なパッケージを採用しているため、焦点面の90%を感度のある画素で占めています。

CCDは国立天文台で開発されたFEEと呼ばれる前段電気回路に接続され、CCDが受け取った信号はCCDデュワー内ですぐにデジタル化されます。そのあとBEEと呼ばれる後段電気回路によってデジタル画像は望遠鏡からコンピューターへ高速転送されます。CCD全部を読み出すのに必要な時間は18秒と大変高速です。

・焦点面アセンブリー
焦点面には116個のCCDが0.3mm間隔で配置されています。このうち4個は望遠鏡追尾用、8個はフォーカス合わせ用のため、実際に研究用の画像を撮るのに使われるCCDは104個です。

広視野補正光学系のF比が小さいため、これらのCCDは焦点面から±30um以内に配置されなくてはなりません。そのため、CCD一つひとつの高さを測定し、高さ調整用の窒化アルミ製ブロック(Pinbase)をCCDに接着し、Pinbase底面からCCD表面までの高さを一定にし、これら高さの揃ったCCDアセンブリーを5umの精度で研磨した炭化ケイ素基板に取り付けることによって、CCD面の凸凹を±17um以下に抑えています。

焦点面アセンブリーは望遠鏡の姿勢変化による変位が小さくなるように支持されなければなりませんが、一方で、CCDへの熱流入を少なくするため断熱効果も合わせ持った支持法が必要になります。HSCは6本の中空アルミ棒を使ったトラス構造を採用しており、有限要素法による構造解析では、望遠鏡の仰角が30度の時に焦点面アセンブリーの変位は6.2um、傾き0.8秒角に抑えられる設計になっています。

・CCDデュワー
CCDは熱雑音を抑え天体からの微弱な信号をとらえるために、2台の富士電機製50Wパルスチューブ冷凍機によって-100℃に冷却して使用します。熱伝達による熱流入を抑えるためにCCDデュワー内は10^-4Torr以下の真空度に保たれなくてはなりませんが、このためにイオンポンプが取り付けられて低真空度実現しています。

また、デュワー内に設置されたFEEから発生する熱を効率よくデュワー外へ排熱する仕組みとして、FEEへのアルミコア基板の採用や熱伝導による効率的排熱システムの設計が取り入れられています。CCDデュワーは国立天文台で開発されました。

・エレクトロニクス・ラック
HSCを動作させるために必要な様々な電源やコントローラーはデュワー後部に配置されたラックに取り付けられています。このエレクトロニクス・ラックは完全にカバーされて、LEDなどの光を外に漏れることを防ぐとともに、熱も閉じ込めてドーム内シーイングの増加も抑えています。発生した熱は望遠鏡から供給される冷却水に移して排熱しています。

CCD on installation zig

インストールジグの上のCCD

Front-end electronics on the CCD dewer

CCDデュワーに取り付けた読み出し装置

エレクトロニクスラックとシャッターはCCDデュワーにつながっています。フィルター交換機構が左にあります。

Assmbled CCD dewer

組み立て終わったCCDデュワー

116 CCDs on the focal plane

焦点面を埋め尽くす116個のCCD

Shutter

シートの一つが半分が開いた状態のシャッター。内部機構が見えるようにカバーは外されています。

シャッター

シャッターはCCDデュワー前に置かれ、HSCで撮られる画像の積分時間を正確に規定します。HSCのシャッターは2枚幕式のシャッターを採用していて、ACサーボモーターに取り付けられたボールねじによって2枚の幕を巻き取る・引き出すことによって630mmの開口を開閉します。最短積分時間1.2秒、その大きさは920x742mm、厚さは60mmと大変コンパクトに出てきています。

フィルター

HSCのフィルターは、基板(B270または合成石英)の両面に干渉膜がコーティングされた干渉膜フィルターで、600mmの直径を持ちます。このような大面積に渡って一様なコーティングを施すことは難しく、朝日分光、マテリオン、日本真空光学など多くのメーカーが技術を競っています。標準フィルター(SDSSシステムのg,r,i,zとyバンド)とともに特定の波長のみを透過させる狭帯域フィルターも製作されていて、特色のある観測が行われています。

Filter under measurement

透過率測定器の上にある狭帯域フィルター。干渉フィルターはある特定の波長以外の光を反射するので、鏡のように見えています。

Filter exchange unit
主焦点ユニットに取り付けられたフィルター交換機構

フィルター交換機構

観測中にフィルターを交換するためのフィルター交換機構は3つのコンポネントから成り立っています。各3枚のフィルターを保持するスタッカーがHSCの左右に2組取り付けられていて、フィルターはスタッカーから主焦点ユニットの間を間を通って焦点面前に挿入されます。焦点面前にあるユニットがこれを受け取り、デュワーに固定して観測を進めます。フィルター交換機構は動作箇所の多い非常に複雑な装置で、交換が完了するまでには60ステップもの動作があります。着実な交換を行うために10分の時間を要しますが、交換動作の前後に安全のために望遠鏡のミラーカバーを開閉するため、全体としては交換に約30分かかります。フィルター交換機構は台湾中央研究院を中心として国立天文台、ASRDの協力のもと製作されました。

シャック・ハルトマン フィルター

HSCの光学調整を行うためにシャック・ハルトマン(SH)フィルターという専用フィルターが使われます。SHフィルターはフィルターのスペースに光学系が仕込まれていて、瞳像をマイクロレンズアレイを使って16×16に分割し、再びHSCの焦点面に結像させます。この16×16のスポット像を比較し、最適な主鏡形状と主焦点ユニットの位置を計算して各々にフィードバックすることで光学調整を行っていきます。

Shack-Hardtman filter for testing
シャック・ハルトマン フィルター
Control servers
制御コンピュータの裏側

制御コンピューター

主に3台のコンピューターがHSCを制御しています。このうち2台が104枚の研究用CCDの読み出しに使われていて、残りの1台が多目的コンピューターとして、自動追尾や光学調整、ステータス取得などを行っています。これら3台のコンピューターはお互いに通信し合うとともに、望遠鏡制御コンピューターや観測制御システムと通信しあって観測を進めて行きます。

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